
システム開発の失敗リスクを抑制する「エスノグラフィー」という手法とは?
システムが納品された後に「この仕様では業務が回らない…」という不満を抱いたことのある方は多いのではないでしょうか?
出来上がったシステムが顧客の期待を超えられないケースは、統計的にも多く見受けられます。『ソフトウェア開発の成功率は3割』という通説も、あながち間違ってはいないようです。
もちろん何を成功と捉えるかによって、この数値は変わってくるでしょう。しかし、新たに導入したシステムへの満足度が低く、数年で新たなシステムに切り替えてしまう企業は後を絶ちません。
コスト・期日・満足度の全てを満たすケースは約50%
日経コンピュータが2018年に行った調査では「システム開発プロジェクトの5割が失敗」と述べられています。
この調査は、企業の情報システム部や業務部門に所属する約1,200名を対象に行われたもので、次の3つの観点で回答を得たものでした。
- コスト:開発コストが計画通りの金額に収まったか?
- 納期:計画したスケジュールで納品されたか?
- 満足度:ユーザー企業の経営者が満足いく結果に収められたか?
出典:システム開発プロジェクトの5割が失敗、1700件を独自分析 | 日経コンピュータ
この結果から、約半数の企業は事前に提示した要件に対して、どこかに不満を抱えていることがわかります。例え、品質に対して満足をしていても、納期やコスト面で妥協をしているという実態があるのです。
しかしなぜ、事前に抱いていた期待を下回る結果に至るのでしょうか?
システム開発の失敗を招く3つの原因
ネガティブな要素が複雑に絡み合い、プロジェクトは失敗への道をたどります。しかし、その要因を分解してみると、プロジェクトが失敗する原因は次の3つに集約できます。
①期日の見極めが甘い
1つ目は「期日の見極めの甘さ」です。
その背景にあることは、顧客からのヒアリングが不十分さや、設計能力の不足など様々。
この原因を解消するために受注側(ソフトウェア会社)には、開発工程を細分化し、不確定要素を許容しうるスケジュール策定と進行の工夫が求められます。
②提示した見積の基準が曖昧
2つ目は「見積の基準が曖昧」という点です。
ここで注意すべきは、基準が曖昧であること自体が必ずしもネガティブな結果を招くわけではないということです。
顧客にマイナス評価を下される要因は「ここまでは費用の範囲でやってくれるだろう」と思った箇所が追加料金になってしまう点にあります。
つまり、コミュニケーションミスや伝達内容の曖昧さがシステム開発の失敗を招いているのです。
この原因を解消するためには、受注側は「今回のプロジェクトでは何を開発するか」のみならず「何は開発しないか(何をやらないのか)」を明確に言語化することが求められます。
③そもそも「要件定義が不十分」
3つ目は「要件定義が不十分」だという点です。
この点は他の原因にも広く当てはまります。顧客が真に必要としていることが汲み取れなければ、事前に提示された期日や予算を守ることなど到底できないからです。
また、「顧客が必要としている要件」をうまくまとれないまま、ずるずるとスケジュールが後ろ倒しになるプロジェクトも珍しくありません。
要件定義手法をリデザインする
これらのような原因を根本的に取り除くためには、『要件定義の方法を抜本的に見直す』というアプローチが必要です。
例えば、ヒアリングの方法。多くのシステム会社は、顧客企業の会議室でヒアリングを行います。事前に準備された「RFP(提案依頼書)」に沿って、聞き取りを行うスタイルが主流と言えるでしょう。
しかし、「机上で行う表面的なヒアリング」に終始することは、プロジェクトの失敗を招く要件定義の典型といえます。
この過程を根本的に見直し、「エスノグラフィー」という手法を織り交ぜるアプローチが近年注目されています。
ヒアリングではなく「エスノグラフィー」を取り入れた要件定義
エスノグラフィー(Ethnography)とは、人間の活動を観察し、モデル化する手法を指します。
この言葉のルーツは社会学や文化人類学にあり、本来は「ある集団や組織に所属する人々の行動・生活様式を、実地調査を通じて記録する手法」を意味します。
現代のビジネスの現場では、マーケティングや商品開発などの分野に「エスノグラフィー調査」が取り入れられており、ユーザーの深層ニーズを探る手法として広く活用されています。
そして、システム開発の領域においては、次のようなシーンでエスノグラフィーを取り入れることが有効です。
具体的には、次のような流れで実践します。
- ユーザーの『業務の流れ』をおおまかに説明してもらう
- いま利用しているシステムの「操作手順』を隣で見せてもらう
- 「利用しづらい点」「不満な点」を、該当する画面と合わせて教えてもらう
- 「こうなったらいいな」という理想の流れを聞かせてもらう
注意したいことは「細かな部分まで、根掘り葉掘り聞き出す」という雰囲気を押さえること。
ユーザーひとりひとりとの人間関係が出来上がるまでは、極力「自然な雰囲気での対話」を心掛け、相手の本音を引き出せるように努力しましょう。
要件や要望ではなく『背景にある理由』にフォーカスする
エスノグラフィーで最も重要な点は、一つ一つの「行動の背景」や「理由」を詳細にヒアリングすることです。
この過程で「システムの機能」のみならず「業務の目的や役割』が明確になり、本当に必要なシステム像が炙り出されます。
そして、エスノグラフィーを取り入れた要件定義を複数名を対象に行うことで、顧客企業の部署や組織全体が必要とするシステムが明らかになるのです。
会議室で行われるヒアリングでは、ユーザー(顧客)の言葉の裏にある真意や、問題の背景にある事象を見落とされがち。
ユーザーが現状の業務で困っていることを実際の執務スペースで、ユーザの隣に座って対話することで、システム開発プロジェクトの成功確率を大きく向上させることができます。